ブレないフィンランドの哲学「潰れる企業はさっさと潰れてね。それでも私たちは5年後の人生の方がずっとずっと幸せだと思うわ。」

[記事更新日]2017/06/20

Smiling beautiful young caucasian woman looking at the camera

フィンランドという国の競争力とは?

自然と歴史あふれるフィンランド。私たちが自然と憧れとともに抱いている、北欧の豊かな暮らしの様子は、どんな思考のもとで営まれているのでしょうか?今回は、5年後の幸せを信じて疑わないフィンランドの人々の、”かんがえかたの”一端に触れます。

鬱蒼と茂る森と湖に囲まれながら、スタイリッシュな家具や先進的な企業、ムーミンやサンタクロースで有名な国フィンランドは、国連の機関である持続可能な開発ソリューションネットワークが行っている世界幸福度レポートにおいて、常に高いランキングを誇り、世界で最も幸福な国の一つとして知られています。

その幸福度の高さを表すかのように、フィンランドの人々は「現在より5年後の人生の方がずっと良い」と信じており、あるアンケートにおいては、手厚い福祉に守られた自分たちの生活は安全であり、自分の国の人々とは、お互いのことを信頼することができると答えました。

Beautiful smiling mature woman with grey hair taking a selfie while standing on a city street

↑本当のQOL「現在より5年後の人生の方がずっと良い」

フィンランドは110年前に世界で初めて、男性と同時に女性にも普通選挙権を与えた国ですが、フィンランドの元国会議員である、ロサ・メリライネンさんも彼女の論文の中で、「国としてのフィンランドはフェミニズム的である」と語っており、男女平等法という法律のもと、男性も育児休暇は最長で3年ほど取れるそうで、8割の女性がフルタイムで働きながら出生率は日本よりも0.4ほど高い1.8を誇っています。

世界経済フォーラムが行った「男女格差ランキング2015」で、フィンランドは第3位(男女平等の度合いを評価し、格差が少ないほど上位となる)として評価されましたが、国民が公平の権利を持つことは性差の問題だけでなく、フィンランドの社会全体にあてはまります。(1)

New Business clothing store, owner and team. Three people team working on new arrivals in the warehouse.

↑女性CEOの企業は利益率が10%も高い

ノキアといえば、携帯端末の世界的大ブランドですが、スマートフォンの台頭により、一時は世界1位だったシェアがガクッと下がり、2009年には赤字へと転落してしまいました。

ノキアは2008年までのフィンランドの経済成長の約25%に貢献し、多くの国民に雇用を提供し続けていたため、「アップルがノキアとフィンランドを殺した」とまで揶揄されましたが、フィンランド政府は揺るがずに、ノキアの再建に乗り出すことをしませんでした。

Flags of European Union and Finland

↑国を代表する企業が傾いても、政府は一切介入しない

一見冷酷に見えるこの政府の対応は日本ではバッシングに合いそうですが、通商を担当しているレニータ・トイバッカ外務大臣は、「民間企業のことは民間企業が一番わかっている、(中略)、政府はそれに口出しをするのではなく、ノキアが決めたことを尊重し後押しするだけ」と語り、ノキアのCEOであるラジーブ・スーリ氏も、過去の実績や規模に左右されることなく公平に企業を支援する政府の姿勢を支持し、次のように語っています。(2)

「フィンランド政府の態度には賛成で、企業は究極的には自分たちで生き残っていくべきである。」

Beautiful smiling woman, typical scandinavian.

↑政府に頼らず、自分の力で立ち直る

リーマンブラザーズにアメリカ政府が公的資金を導入しなかったことや、一時破綻してしまったJALに日本政府が再建に乗り出したことなど、国が企業を救済するかどうかに関する議論は世界中で耳にしますが、フィンランドではこの手の議論は起こりません。フィンランド政府は、たとえ窮地に立たされているのが大企業であっても優遇し救済することはなく、それを企業も国民も期待していないのです。

フィンランドでは起業に対する教育や補助が手厚い上に、ノキア自体も起業する社員に資金提供をする側に回ったため、ノキアの解体を機に、元ノキア社員が興したスタートアップ企業の数は、驚くことに1,000社にも上るといいますし、そのうちの一社であるモバイルメーカーJolla(ヨラ)は、「Salfish」というOSを開発し、それを搭載したタブレットは世界最大級のタブレット展「モバイル・ワールド・コングレス」でベストタブレット賞を受賞するなど注目を集めました

Portrait of young hispanic businesswoman sitting at her desk in a startup business. Her co-workers can be seen in the background working. Horizontal shot.

↑古いモノを救うよりも、新しいモノを後押しするという国民性

救済はしないが、次のビジネスチャンスとなるアイデアを形にするための環境は整えるという徹底した政府の方針によって、フィンランドの人々は既存のものに固執するよりも、新たなことにチャレンジするということに価値を見出していることがわかりますが、フィンランドのこのような公平な社会を良しとする姿勢は、国民の中に脱落者を作り出さないという教育によって支えられています。

フィンランドの学校教育においては、習得のスピードが違うのは当たり前であるとして、子供が未成熟だと判断した場合は小学校への入学を1年遅らせたり、中学卒業後も勉強が不十分だったり、希望する高校に進学できないと考えた場合はもう一年勉強することを選択できる「10年生」という特別プログラムが準備されているそうです。

Lonely teenager sitting on stairs with copy space

↑国内に脱落者を作らないために常に古い価値観は捨てていく

経済協力開発機構(OECD)が実施している、国際的な学習到達度をはかるPISAという調査でフィンランドは高得点を獲得し注目を集めましたが、ヘルシンキ大学のマッティ・メリ教授によると、教育に必要なのはそれぞれの個性や技能、コミュニケーション能力を伸ばすことであり、他人と競争することではない、と次のように訴えました。(3)

「隣の国や大学同士で競うことが競争力ではない。フィンランド流の競争力というのは、自国がどうやって自分の足で立つか、といういわば内面に向かった競争です。他者と比較する競争は不健康だ、と考えています。」

「他者と比較する競争は不健康である」という考えが社会に浸透している教育現場では、テストで能力を輪切りにする習熟度別クラスをやめ、個性を伸ばすためにグループ学習を多くし、多様な子達が互いに学びあうことを歓迎しているのです。

stressed woman during an exams on the classroom

↑他人と競争させることはプラスに働くこともあるが、同時に勝ちと負けを生み出す、消耗社会を作り出す

起業大国フィンランド

大学院まで学費が無料であるため、たとえ社会人になってからでも自由に学ぶことができますし、フィンランドは国民全員に月11万円のベーシックインカムを導入することを検討し始めるなど、福祉に手厚く、無理して働く必要がない社会を目指しており、国に守られることで人々は働かなくなってしまうのではないかと感じられるほどですが、フィンランドは近年、数多くの企業家を世に送り出しており、「起業大国」とまで呼ばれるようになりました。

フィンランドでは「Slush」と呼ばれる起業家向けのイベントが注目を集めており、昨年は1万7,000人の人々が集まりましたが、こういった状況を見て、エフセキュア創立者・会長(兼ノキア会長)であるリスト・シーラスマー氏はフィンランドの起業家精神について次のように語っています。

「もしフィンランドの大学で生徒に『起業家になろうと考えている人はいますか?』と質問すれば、半数以上の学生が手を挙げるだろう。」

Smiling man using tablet pc in a cafe

↑むしろ、しっかりと生活が保証されているから起業しようという意欲が湧いてくる

31歳の起業家であるアンッティ・ヴィロライネンさんは、インターネット上でモノやサービスの販売や貸し借りができる「シェアドライブ」というプラットフォームを運営していますが、労働時間は8時間程度だといい、いつでもまた再チャレンジしてよいという国のセーフティネットがあるからこそ、気楽に起業に挑戦することができたのだと語りました。

日本の作家、評論家である古市憲寿氏は著書「国家がよみがえる時 持たざる国フィンランドが何ども再生できた理由」の中で、日本でイメージする起業家に比べて楽天的で柔軟なフィンランドの起業家について、「肩の力が抜けた姿勢は、切羽詰まった起業家とは一線を画す」と述べています。(4)

Close up of a coworkers working together on a project

↑肩肘張らず素の自分でいる時に一番の力を出せる

こういった公平に対するフィンランド人の譲らない美学は、冬にはマイナス40度、白夜や極夜など過酷な自然の中で協力し合いながら生きてきた歴史にあり、フィンランド人は古来より自然からの恩恵も分け合うことを大事にしてきました。

キノコ狩りで有名な「自然享受権」と呼ばれる、自然から授かったものは等しくみんなのものであるという権利もあり、フィンランドでは所有者を煩わせない限りは他人の森に入ってテントで外泊したり、果実やキノコ等を無料で採取することが許されています。

2011年に世界幸福度ランキングで1位に選ばれたフィジーでも共有することの大切さは強調されていて、少し極端ですが、フィジーでは他の人のTシャツや車なども共有する
と言いますし、モノや状態に固執して独り占めせず、公平であることを大切にすれば、すべての人が自分の可能性を生かし、安定した気持ちで生活できるのかもしれません。

Shot of a young man working in an organic vegetable garden plot in the late afternoonhttp://195.154.178.81/DATA/i_collage/pu/shoots/785403.jpg

↑QOL=何かを共有することで、そこから楽しみが生まれてくる

かつては「一億総中流」と呼ばれ国民の間に貧富の差が小さく、お互い様の精神で助け合って暮らしていた日本ですが、2006年には「勝ち組、負け組」等の言葉が流行語になったり、2015年には日本の格差は先進国の中で第2位となってしまい、所得格差によって生まれる不平等さは、食事や住居、そして教育などあらゆる面で人々を苦しめ、日本の人口の約10%は年収200万以下で暮らすワーキングプアだと言われています。

ヘルシンキで雑貨屋「コモン」を営む中村夫妻は、あるインタビューの中で、「なぜフィンランド人の家の中はモノが少なくて美しく見えるのか?」と聞かれた際にこう答えました。

「新しいモノを買うときには、本当にそれが必要か、他のデザインとの相性はどうか、あの部屋のあそこに置いたらどんな雰囲気になるか…… そういうことをじっくり検討する思考力が備わっている気がします。その能力は、考えることに重きを置いたフィンランドの教育や、長らく慎ましい生活を余儀なくされてきた歴史に源流があるのかもしれません。」

Father and kids together.

↑自分の頭でしっかり考えることがしっかりと染み付いているフィンランド

まずは一人ひとりがレビューや人気ランキングではなく、本当に自分に必要なモノだけについてじっくり考えるようにすれば、社会に競争ではなく公平さを生み出すことに繋がり、すべての人がより幸福な未来を期待することができるようになるのかもしれません。

  1. 古市憲寿 トゥーッカ・トイボネン『国家がよみがえる時 持たざる国フィンランドが何度も再生できた理由』(マガジンハウス 2015) Kindle
  2. 泉秀一, 小栗正嗣, 千本木啓文, 原英次郎, 森川潤『北欧に学べ なぜ彼らは世界一が取れるのか』 (ダイヤモンド社 2015) Kindle
  3. 増田ユリヤ『教育立国フィンランド流教師の育て方』(岩波書店 2008) pp.131-136
  4. 古市憲寿 トゥーッカ・トイボネン『国家がよみがえる時 持たざる国フィンランドが何度も再生できた理由』(マガジンハウス 2015) Kindle

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